投資家にとって理論とは反対の動きをするダマシは、投資家を破滅に追い込む悪魔です。

百戦錬磨のプロの機関投資家さえこのダマシに大損されられるケースも少なくないため、投資初心者では、なおさら、この悪魔によって損失を被って投資の世界から退場していきました。

岸田政権が「貯蓄から投資へ!」と号令しても日本人はなかなか投資へ移行しないようで、投資の世界は参入障壁が高く、参入したとしてもダマシにより退場を余儀なくされるのが現状です。

ただし、視点を変えて日本国全体から俯瞰すると、このダマシは悪魔どころか日本を救う救世主ではないかと思ってしまいます。

2011年以来、2年を除き、実需を担う貿易・サービス収支が赤字で推移していますが、それでも奈落の底に落ちずに赤字が底抜けしないのは、多くの中小零細企業従業員、非正規雇用者、パート・アルバイトの方々が、雀の涙のわずかな賃金で過酷な過剰労働にあえいで日々頑張っているからではないでしょうか?

そうとはいえ、貿易・サービス収支赤字による国力衰退と円安、インフレによる通貨価値減少のトレンドにある以上、海外株式投資と円キャリートレードと貴金属購入は、理論上は確実に儲かり、確実に収益を得られます。

そうすると、わざわざ雀の涙のわずかな賃金のための過酷な過剰労働よりも、何もしないではるかに多くの収益を確実に得られる投資のほうがいいので、全国民が投資へ走ることになります。

実際にそうなっていないのは、ダマシの存在があるからではないでしょうか?

もし、ダマシがなければ、全国民が投資へ走ることになり、日本国民全体が労働を全放棄して、日本は破滅に至ってしまいます。

現状、理論上は投資は確実に儲かりますが、投資の世界に足を踏み入れようとした方々が日々ダマシによって損失、または、破産に追い込まれて、退場を余儀なくされて、再び、わざわざ雀の涙の賃金のための過酷な過剰労働に戻った結果、日本国内の付加価値を黙々と生み出していって、結果的に日本の国力衰退の加速を押し止めています。

従って、このダマシは、日本の国力衰退に歯止めをかける救世主といえましょう。

正確に言うと、日本国民が全て労働を全放棄しても、海外からの投資収支が圧倒的に黒字であるので、当座、半世紀、または1世紀程度は、他国の収入をピンハネできるので、すぐには崩壊しません。

過去の事例では、全市民が労働を全放棄して他地域の収入をピンハネして良い生活を営んでいた例があり、それが全盛期の古代ローマです。

かつてのローマ市民は非常に勤勉に勤しみ国力を上げていき、その結果、ヨーロッパ、中東、北アフリカを征服していき、全盛を誇ったわけです。

しかし、全盛期のローマ市民は、穀倉地帯である北アフリカの穀物や属州の物産のバラマキにより、いつしか、ローマ全市民が労働を全放棄して、他者の分け前で生活することとなり、良い生活ができるが、イタリア地域の付加価値や国力がゼロになるところまで転落しました。

それから1〜2世紀経た頃、ローマ帝国は自壊していき、ゲルマン民族の侵入で西ローマ帝国は滅亡しましたが、既にイタリア地域の付加価値や国力がゼロに堕ちたため、イタリア地域はゲルマン民族に蹂躙されたい放題になり、これが世界史教科書にも載っている定番の話でいわゆるゲルマン民族侵入によるローマ帝国の滅亡です。

4世紀以降のイタリア地域の力はゼロにまで堕ちており自力で何もできないため、イタリアの国防も統治もゲルマン民族に丸投げせざる得なくなり、自分で国を作っていく気力さえ消失していました。

9世紀に入ってもイタリア地域は、フランク王国(ゲルマン人)に国防も統治も丸投げのままで、これがフランク王カール大帝のローマでの戴冠ですし、10世紀以降も神聖ローマ帝国のゲルマン人に国防も統治も丸投げのままである始末ですし、18世紀に入って神聖ローマ帝国が滅んでもなお、神聖ローマ皇帝の後継であるオーストリア帝国(君主がゲルマン人)に丸投げして、イタリア人は自分の国を作ろうとしませんでした。

中世後半になると南部が神聖ローマ帝国のゲルマン人の力が及ばなくなると、南イタリアは自力で統治しようとせず、スペイン王国(当初はアラゴン王国)に国防と統治を丸投げする始末です。

イタリア中部のローマ教皇領もゲルマン人に守護してもらいましたが、近代に入ってオーストリアが弱体化し頼りにできなくなると、今度はフランス軍に国防を丸投げするようになり、現在でもローマ教皇のバチカン市国はスイス傭兵(ゲルマン人が主体)に武装を丸投げしています。

古代ローマの全盛期にイタリアの付加価値や国力がゼロになった結果、イタリアの惨状は凄まじく、なんと3世紀末からのゲルマン民族侵入によるイタリアの崩壊が19世紀後半、日本でいえば幕末まで回復することはなく、他国に国防も統治もゲルマン人などに丸投げだったのですから、いかに空洞化による惨状がひどかったかということです。

19世紀後半にイタリアは一応は独立しますが、自力での独立ではなく、イタリア独立勢力はオーストリア軍にあえなく惨敗し、別途、プロイセンがオーストリアとフランスを負かしたことにより、北部からオーストリア軍、中部からはフランス軍が撤退し、南部のスペイン系領主が逃亡し、他力本願でようやく独立しました。